「FDAはなぜここまで求めるのか」― FDA査察から見た目のつけどころとチェックポイント
今回取り上げるのは、FDAが2026年8月12日付でAuriga Research Pvt. Ltd.(インド)に対して発出したWarning Letterです。この会社は、さまざまな医薬品の試験を行う受託試験施設です。原文はFDAのサイトに掲載されています。また、ブラウザの翻訳機能を使用すれば日本語で読むことができます。
https://www.fda.gov/inspections-compliance-enforcement-and-criminal-investigations/warning-letters/auriga-research-pvt-ltd-730694-08122026
FDA査察は3日間(2026年2月4〜6日)行われました。今回注目したいのは、21 CFR 211.194(a)「試験室記録」に関する指摘です。
査察官が微生物試験の記録を確認したところ、本来記録すべき箇所が空欄になっている試験シートが見つかりました。ところが、その後に作成されたサマリーレポートには最終的な培地のコロニー数が記載されていました。つまり、「最終結果はあるものの、その数字が試験時にどのように得られたのかを示す記録がない」という状態です。
この会社は、「これらは米国向け製品ではない」と回答しました。しかしFDAは、米国向けとそれ以外の製品で同じ品質システムと手順を使っているため、これを一部のサンプルだけの問題とは見ませんでした。さらにこの会社は、原因を個人の不正ではなく「組織における手順と文化のギャップ(institutional procedural and cultural gap)」と説明しました。そのため、問題がシステム全体に及ぶ可能性を示すことになりました。これは、なかなか考えさせられるところです。
FDAはこのWarning Letterの中で、微生物サンプル・培地の取扱いについて以下の7つの改善を求めています。なぜ、この7つなのでしょうか。ここからはCGMPとFDAの現在の考え方から、私なりに意図を推測してみます。
1.各サンプルを固有に識別すること
どの培地が、どのサンプル、製品、ロットに由来するのかを途中で取り違えないためだと思います。21 CFR 211.194(a)(1)はサンプルの由来やロット等の識別を求めています。単に「ラベルが貼ってある」ではなく、試験終了まで同一性を追跡できることがポイントなのでしょう。
2.サンプルを取り扱ったすべての職員が署名すること
これはALCOAの“Attributable”、つまり「誰が試験を行ったのか」を残すためでしょう。211.194(a)(7)でも、試験を実施した者の署名またはイニシャルを要求しています。今回、FDAがさらに「取り扱ったすべての職員」としたのは、試験者だけではなく、サンプルの受渡しを含む一連の流れを連続して追えるようにする意図だと考えられます。このような検体採取から試験、そして記録保存までの一連の管理を「サンプルチェーン」と呼ぶことがあります。私が米国の微生物試験の専門家から聞いた言葉です。
3.サンプルの完全性と保管・受渡しを完全に追跡すること
これは、いわばサンプルの"chain of custody"です。結果が正しくても、その培地が途中で入れ替わったり、所在不明になることは避けなければなりません。あるいは、適切な状態で保持されていたことを説明できなければなりません。そうでなければ、試験結果の信頼性も説明できません。FDAは今回、最終値だけではなく、その値に至るサンプルのライフサイクルそのものを再構成できることを求めているように思われます。
4.各作業の日時を記録すること
サンプル採取、受領、培養開始、インキュベータからの取り出しなどには、時間的な順序があります。特に微生物試験では、培養時間そのものが試験条件です。21 CFR 211.160(a)が求める「実施時点で記録すること」ともつながります。後になってまとめて書いた時刻では、その試験が手順どおりだったことを証明することはできません。
5.すべての培地をデジタルで撮影し、タイムスタンプを残すこと
ここは一番興味深いところです。培地の写真撮影そのものは、21 CFR 211.194に一般的なCGMP要件として書かれているわけではありません。おそらくFDAは、培地は時間が経てば廃棄され、あとから再確認できないという微生物試験特有の弱点を補うため、データインテグリティ問題に対する追加的な証拠を求めたのでしょう。つまり写真は「新しいCGMP要件」というより、この施設で失われた信頼を回復するための一つの管理策、と読む方が自然だと思います。しかしこのような要求は、他のWarning Letterでもしばしば見られるようになっています。データインテグリティが疑われるような状況においては、FDAのカレントな方針に近いものになっているのかもしれません。
6.コロニー数を読み取った職員が署名すること
培地を誰が読んで、その数字を原記録にしたのかを明確にするためです。最終報告書に「25 CFU」と書いてあるだけではなく、「誰がその25を観察したのか」が追跡できて初めてAttributableになります。今回、その最初の記録が欠けていたことを考えると、FDAがここを明示した理由も見えてきます。
7.検証と日常的なQAによる品質監督を組み込むこと
最後は、人の注意力だけに頼らない仕組みです。211.194(a)(8)は、別の職員が原記録の正確性、完全性、規格への適合性についてレビューした証拠を求めています。いわゆる、第2者チェックです。また、FDAのQuality Systems approachのガイダンス も、品質部門には記録のレビューや監査、業務が適切に実施されていることを監視するという役割があるとしています。記録様式を直し、教育して終わりではなく、その仕組みが実際に機能しているかを継続的に見てほしい、ということなのでしょう。
身近な現場でも、「結果は合っているから、空欄は記録上のミス」という捉え方をしてしまうことがあるかもしれません。しかし微生物試験では、培地を廃棄した後では、その数字をもう一度作り直すことはできません。だからFDAは、結果の数字だけではなく、サンプルが採取されてから結果になるまでの「証拠のチェーン(chain)」を見ているのだと思います。
今回の7項目を見ていると、FDAが求めているのは「署名を増やす」「写真を撮る」といった個々の作業ではと感じます。誰が、何を、いつ、どの状態で扱い、誰が結果を読み、誰が確認したのか。その一連の流れを後からたどれる仕組みを作ることではないでしょうか。
微生物試験で、培地を一枚取り出して「この培地がここに来て、この結果になるまでを最初から最後まで説明してください」と聞かれたら、私たちはどこまで途切れずに説明できるでしょうか。
サンプルチェーン−それは、微生物試験の信頼性を支える一つの答えなのかもしれません。

