「ALCOA++」の時代に、あえて原点へ ― Back to Basics

アメリカのGMPコンサルタントの友人からメールが届きました。長年この道を共に歩んできた、私のGMPの師でもある人物です。

「ALCOA+とALCOA++という新しい用語が出回っているので、クライアントに聞かれたときのために知っておいてください」という内容でした。読みながら、ちょっと「そうだよね」というような思いが込み上げてきました。そして、昔々、私がまだサラリーマンの頃に、心に宿した言葉「Back to Basics」が自然に浮かび上がってきたんです。

ALCOAはデータインテグリティの基本原則を示した頭字語です。Attributable(帰属性)、Legible(判読性)、Contemporaneous(同時性)、Original(原本:オリジナル)、Accurate(正確性)。FDAがデータの信頼性を語る際に繰り返し引用してきた頭字語です。いわばデータインテグリティの5本の柱です。

ALCOA+は、これに4つの要素を加えたものです。Complete(完全性)、Consistent(一貫性)、Enduring(永続性)、Available(利用可能性)。そしてALCOA++は、さらに5つの言葉を重ねたものです。Integrity(完全性)、Robustness(堅牢性)、Transparency(透明性)、Accountability(説明責任)、Reliability(信頼性)。(Complete≠Integrity)これを合計すると5+4+5=14の要素になります。すごいですね。

しかし友人のメールには、核心を突く一言が添えられていました。これは、私がALCOA+を初めて目にした時に感じた思いと同じでした。

「これらの「追加」要素のほぼすべては、FDAのオリジナルのALCOAにすでに含まれており、FDAはずっとそれを執行してきた。」

例を挙げてみましょうか。ALCOA+の「Complete(完全性)」はデータを削除しないことを意味しますが、これはALCOAの「Original(原本)」にすでに含まれています。「Consistent(一貫性)」にはタイムスタンプの要件が含まれますが、これはALCOAの「Attributable(帰属性)」の要件として、FDAははじめから求めていました。そう考えると、新しい箱を作って、中身を移し替えているだけのように思えるのです。ALCOAとALCOA+とALCOA++、箱の数の差で、箱から出してみると、そこに入っているものは同じなんですね。どこに入れたかだけが違います。こうなると、もう好みの問題というか…、みなさんはどうでしょうか。箱が多いのが好きな人、少ないのが好きな人、それだけの差しかないように思います。

しかもですよ、FDAはALCOA+もALCOA++も、公式に承認したことも、ガイダンス文書に記載したこともありません。友人が確認できたのは、FDA職員のプレゼンテーションでALCOA+に言及した事例が1件あるのみだったとのことです。私の友人はアメリカの元FDA査察官なので、FDAのCGMPを軸足にしています。そこで、FDAはこの用語をどのように捉えているかを確認したのだと思います。

これらの用語は、WHOや一部の専門家団体が使い始めて、じわじわと広がってきた用語なんですね。

では、なぜこのような用語が生まれたのか。私たちにとって、どの用語を使うべきなのか、気になりますね。(独り言ですが、ALCOA+++とか++++とか、無限に現れないことを願いつつ。)

この業界には、というかアカデミックな世界では、オリジナリティへの欲求が常に存在しています。学術論文でも、セミナーでも、コンサルティングでも、「新しい何か」を提示することへのプレッシャーは根強いように思います。皮肉っぽく聞こえるかもしれませんが、ALCOA++という言葉を作ることで、自分の仕事に独自性を持たせたいという動機は、理解できなくはありません。しかし、舞台裏を覗いてみたら「専門家が新しい用語で遊んでいるだけ」ではないでしょうか。これは、ALCOA〜に限ったことではないことを、皆さんもご存知ですよね。

ちょっと心配なのは、日本ではこうした新しい用語への感度が高いように感じられることです。「ALCOAはもう古い、今はALCOA++の時代ですよ」という一言は、セミナーで受けがいいかもしれません。しかし現場を見ると、オリジナルのALCOAの最初のA、「Attributable(誰が記録したか特定できること)」も満たせていないケースが見られます。記録者が分からない。修正の理由が書かれていない。14要素を語る前に、そのような現場があるかもしれないことを、振り返ることも必要かと思います。

私がサラリーマン時代に学んだ、Back to Basicsがそれなんです。
新しい用語を追いかける前に、まずALCOAの5文字を自分の言葉で説明できるか、現場で実装されているか。データインテグリティとは何かを、規制文書を見ずに語れるか。そこをまず問い直そうではありませんか。基本が血肉になっていなければ、+も++も、砂上の楼閣になりかねません。

友人はメールの末尾にこう書いていました。「これらの新しい用語について特別な調査は必要ないと思います。ただ、クライアントに試されたときのために知っておいてください。」

これが長年の豊富な経験を持つプロフェッショナルの的確なアドバイスだと思います。これは私信ですが、大切だと思いましたのでブログに書きました。