「コピペにご用心」− FDA査察から見た目のつけどころとチェックポイント

今回取り上げるのは、中国・天津市のMid-Link Testing Company, Ltd.に対して発出されたFDA Warning Letter(MARCS-CMS 687111、2024年9月10日付)です。FDAのGLP査察の事例ですが、コピペの弊害(データインテグリティ)に注目するため、参考として取り上げました。
https://www.fda.gov/inspections-compliance-enforcement-and-criminal-investigations/warning-letters/mid-link-testing-company-ltd-687111-09102024
英語の原文ですが、ブラウザの翻訳機能でおおよその内容はご確認いただけます。

この会社は、医療機器メーカーがFDAへの市販前申請(premarket submission)に用いる非臨床試験を受託している試験機関です。FDAは2024年2月26日から3月6日にかけて査察(OBIMO:海外査察部門)を実施し、21 CFR Part 58(非臨床試験のためのGLP)に関わる複数の重大な違反を確認しました。

具体的には、細胞毒性試験(cytotoxicity)および感作性試験(sensitization)において、試験日が異なるにもかかわらず「同一または極めて類似した数値」の記録が観察されました。さらに、動物を用いた急性全身毒性試験でも、複数の個体が全く同じ体重増加値(例:0.5 g)を示していました。査察官がStudy Directorに問い合わせたところ、「生物学的にあり得ない」と認める回答があったとされています。

FDAはこれらを「別の試験からコピーされたか、または捏造されたデータ」と結論づけました(21 CFR 58.33(b)(c))。加えて、品質部門の機能不良、SOP運用の不備、動物識別管理の欠陥も指摘されています(58.35、58.63、58.90)。

日本の製薬業界では、試験を外部委託した場合、受け取ったレポートを「委託先の成果物」として受領・保管するにとどまり、数値そのものへの批判的な検証が十分に行われていない場面もあるかもしれません。今回の事例は、外部試験機関から届く成績書の数値が、まったく別の試験からそのままコピーされたものである可能性を示しています。

そのため、受け取ったデータに対する批判的検証は、品質部門の機能として必要不可欠です。GMP省令が求める製造業者の責任、あるいはPIC/S GMPにおける委託者の監督義務の観点から見ても、「委託したから終わり」とはなりません。FDAが委託元企業にも厳しい目を向けるのは、この「見えにくいリスク」を構造として問題視しているためです。

ここで、査察官の思考プロセスを推論してみます:
→ 複数の試験で「統計的にあり得ない」数値の一致を発見 → 生物学的変動が必ず存在するはずなのに、なぜこれほど数値が揃っているのか? → 試験の生データを精査すると、別試験のデータと一致する → 品質部門は複数の試験でこの異常を見逃している(あるいは見て見ぬふりをしている) → 問題の根は個人の不正ではなく、「異常を見えにくくする組織構造」にある

この事例の本質は、「試験をしていない」にもかかわらず「した」ように見える記録が成立していた点にあります。SOPが整備されていても、品質部門が書類上は機能していても、組織として「おかしい」と声が上がり、検出・是正する仕組みが働いていなければ、問題は大きく蓄積されるまで表面化しません。

さらに厄介なのは、そのデータが委託元の品質部門を素通りし、疑問を持たれることなく承認申請書類の一部として規制当局に提出されていく点です。「運用でカバーできる」という発想では捉えきれない、「構造的なリスク」がここにあります。

自社の外部委託試験機関、あるいはCMO・CROから受け取るデータについて、どの程度「批判的検証の目」を向けているでしょうか。「信頼できるパートナー」という判断の根拠が、定期訪問の記録と書類審査だけになっていないか――この事例は、そのような問いを静かに投げかけているように感じます。

注)ここで記載した「批判的検証」は、いわゆるCritical verificationを指し、情報や前提条件を鵜呑みにせず、本当に正しいのかを客観的な事実に基づいて多角的に吟味する検証法です。「批判的」は、非難や否定を目的とした粗探しとは異なります。

【参考】FDA Warning Letter: Mid-Link Testing Company, Ltd. — MARCS-CMS 687111 (September 10, 2024) / FDA Press Release: May 22, 2025