「そのリスクの評価は正しいか」ーFDA査察から見た目のつけどころとチェックポイント(ワークショップ付き)
今回、ちょっと長文です。ちょっとじゃないかな。書いてるうちに入れ込んじゃって、夜が明けました(笑)。
今回取り上げるのは、FDAが2026年8月25日付でFresenius Medical Care AG & Co. KGaA(ドイツ)に対して発出したWarning Letterです。
査察対象となったのは、米国ユタ州にあるFresenius USA Manufacturing, Inc. dba Fresenius Medical Care North America Ogden Plantで、腹膜透析液などのLVP(大容量注射剤)を製造している製造所です。
原文は以下のFDAサイトに掲載されています。ブラウザの翻訳機能を使用すれば、日本語でも読むことができます。
FDA Warning Letter 320-26-119:
https://www.fda.gov/inspections-compliance-enforcement-and-criminal-investigations/warning-letters/fresenius-medical-care-ag-co-kgaa-730319-08252026
査察は2026年3月2日〜6日に行われています。この査察で発出されたFDA-483に対して、会社は3月27日に回答していますが、今回確認した範囲ではFDA-483そのものの公開は確認できませんでした。そこで、今回はWarning Letterに記載された内容を情報源として考えてみようと思います。
今回注目したいのは、違反事項の1番目に記載されている21 CFR 211.192「製造記録の照査」に関する項目です。
FDAは、腹膜透析液を入れたバッグから液漏れが発生したという顧客からの苦情について、調査が不十分であり、製品品質に対するリスクを適切に評価していなかったと指摘しています。
2025年8月に、この会社はDelflex 腹膜透析液バッグの液漏れが発生しているという苦情が相次いだことを受けて、調査を開始しました。最終的には、複数のバッチから約156個のバッグに関する35件の苦情が寄せられていました。
この会社の調査は、「印刷によって生じた穴」が漏れの原因であると結論づけました。
ここまでは、普通の苦情調査に見えます。しかし、FDAが問題にしたのは、その先のことでした。会社のリスクマネジメント・マトリクスでは、バッグの漏れによって起こり得る危害として「腹膜炎」が示されており、本来であれば最も高い重大性レベルとするものでした。
ところが、実際のリスクアセスメントは、想定する危害を「property damage(物的損害)」として、最も低い重大性レベルを割り当てていました。
なぜ、このような評価になったのでしょうか。
この会社は、回収を行わない理由として、次のようなことを挙げていました。
・腹膜炎の症例が報告されていないこと
・製品ラベルは使用者に対しバッグの漏れを確認するよう示していること
・漏れは治療前に容易に発見できるはずであること
・漏れた液体は外装に溜まるはずであること
一見すると、それなりに理由があるようにも見えます。しかしFDAは、この考え方を認めませんでした。査察後に、この会社があるバッチの製品を再調査したところ、一次容器に穴が開いているにもかかわらず、外側の包装には十分な液が溜まっていないバッグが見つかりました。つまり、「漏れていれば使用者が気づくはずだ」というリスクアセスメントの前提そのものが正しくなかったわけです。
FDAはさらに、
“users should not be relied upon to detect leaking bags.”
と述べています。使用者が漏れを見つけることに頼ってはいけない、ということです。ここが、今回のWarning Letterで私が一番気になったところです。
リスクアセスメントというと、Severity(重大性)、Probability(発生確率)、Detectability(検出性)などに点数をつけて、リスクを数値化することを考えがちです。それも、リスクを評価する一つの方法です。しかし、計算以前に、「何を危害として考えるのか」、「どのような前提で評価するのか」が正しくなければ、いくら見た目の良いリスクマトリックスを作っても、結論は正しくなりません。
この会社にもリスクマネジメント・マトリクスがありました。しかも、そこには「peritonitis(腹膜炎)」という重大な危害も書かれていました。それでも、実際の評価では「property damage(物的損害)」が選択されています。
リスクアセスメントの仕組みがなかったのではありません。仕組みはあったが、出した結論が問題だったのです。
では、FDA査察官はどのように見ていったのでしょうか。私なりに推測しました。Warning Letterからの推測ですが、次のような流れだったのではないでしょうか。
バッグ漏れの苦情を確認する
↓
同じような苦情がどのくらい発生しているか確認する
↓
複数バッチの約156バッグ、35件の苦情という傾向を確認する
↓
苦情調査記録を確認する
↓
原因として「印刷による穴」と評価していることを確認する
↓
この不具合の患者へのリスクをどのように評価したのか確認する
↓
リスクマネジメント・マトリクスを確認する
↓
腹膜炎は最高の重大性になるはずが、なぜ実際の評価は最低の重大性だったのか?
↓
「ユーザーが使用前に漏れを発見できる」という前提を確認する
↓
その前提を裏付けるデータはあるのか?
↓
実際には、ユーザーが必ずしも発見できないバッグが存在した
↓
では、なぜ市場にある製品を直ちに封じ込めなかったのか?
このような流れだったのかなと、推測しました。
査察官が見ているのは、リスクアセスメントの記録があるかどうかだけではないと思われます。そのアセスメントによって、会社がどのような意思決定をしたのかを見ているのかもしれません。
…と、ここで少しメタ発言を挟ませてくださいね。
なんだか歯切れが悪い文章で、読みづらいですよねw。他人の考えを断定できる立場にないので、回りくどい表現になってしまいました。このまま少し我慢して読んでいただけると幸いです。
さて、閑話休題。
突き詰めると、その意思決定が「患者を守るものになっているか」まで見ているのだと思います。
今回、この会社は2025年8月の調査時点では回収を行いませんでした。
しかしFDA査察後にリスクを再評価し、2026年4月6日、影響を受けたロットの自主回収を行っています。
FDAは、リークした腹膜透析液を使用すると、無菌性が保証されない製品を患者に使用する可能性があり、腹膜炎を引き起こすリスクがあるとしています。腹膜炎は重篤で、場合によっては生命を脅かす合併症につながります。
さらに、この製品にはデキストロースが含まれているため、微生物が混入すれば、その増殖を助ける栄養源にもなり得ると指摘しています。
したがって、「バッグに小さな穴がある」という製品不良だけを見れば、問題の本当の大きさを見誤ります。
バッグに穴がある
↓
無菌性が失われる可能性がある
↓
微生物が増殖する可能性がある
↓
その液を腹腔内に投与する
↓
腹膜炎
↓
重篤または生命を脅かす結果
ここまで来て、初めて重大性を評価できるのかもしれません。
もう一つ、今回のWarning Letterで重要なのは、FDAがこの問題を単発の苦情として見ていないことです。
FDAは、過去3年間にこの製造所で製造したLVPバッグについて、多数の苦情、Field Alert Report、回収が発生しており、過去のField Alert Reportの中には、リークしたバッグから微生物汚染が確認されたものも2件あったと述べています。
つまり、「今回のバッグはどうだったか」だけではなかったのです。「これまで同じ問題がどのくらい起きていたのか」という履歴も見ています。そのため、FDAはこの会社に、少なくとも過去5年間のbatch performance(バッチごとの工程性能)を詳細に評価し、異常に高い不良率を示したバッチとその原因を調査するよう要求しています。
さらに、以下のことまで求めています。
・process capability(工程能力)の包括的評価
・バッグ漏れ検出工程の能力評価
・バッチ内およびバッチ間変動の統計的監視
・工程管理のドリフトを迅速に検出する仕組み
・製品ライフサイクルを通したstate of control(管理状態)の維持
ここまで読むと、このWarning Letterは単なる「苦情調査の不備」の指摘ではないことが分かります。
一つの苦情調査から、
苦情管理 → リスクマネジメント → CAPA → 品質部門の品質監督 → 工程能力 → 継続的な工程性能の監視→ 経営監督まで話が広がっています。
いつものように、今回のWarning Letterから私たちの「目のつけどころ」を考えてみます。
・リスクアセスメントで想定している「危害」は、本当に最悪の合理的な結果まで考えているか
・重大性を下げる根拠は、単なる期待や思い込みになっていないか
・「使用者が気づく」「次工程で見つかる」ことを安易にリスク低減策としていないか
・リスクアセスメントの結論と、リスクマネジメントマトリクスの定義に矛盾はないか
・苦情が繰り返されている場合、個別案件だけでなく傾向として評価しているか
・過去の類似事象、逸脱、苦情、回収、Field Alert Reportまで含めて評価しているか
・リスクアセスメントの結果が、回収、出荷停止、CAPAなどの意思決定に適切に反映されているか
・そのリスクアセスメントを品質部門が本当に検証しているか
リスクアセスメントの表をきれいに作ることはできます。Severityを選び、Probabilityを選び、Detectabilityを選び、最後に数字を掛けたり足したりすれば、リスクレベルも出てきます。しかし、その数字より先に確認したいことがあります。
そのリスクの評価は、本当に患者から見ても正しいか、ということです。
リスクアセスメントの前に、ハザードリストの妥当性、すなわちどの危害を実際の評価対象とするかが問われるのではないでしょうか。
最後に提案です。
このWarning Letterを利用してワークショップの課題を作ってみましょう。
次のような簡単なリスクマトリクスを使うとします。

腹膜透析液バッグに微小な穴があり、使用前に患者が漏れを発見できる場合もあれば、発見できない場合もあるとします。
皆さんなら、どう評価するでしょうか。
1.想定する「危害」は何でしょうか。
2.重大性は「高・中・低」のどれでしょうか。
3.その理由は何でしょうか。
4.「患者が使用前に気づく」ことを、リスクを下げる根拠としてよいでしょうか。
次は、この事例を使って、もう少し本格的なワークショップ形式で考えてみたいと思います。(^_^)

