「データが現実を写していない」― FDA査察から見た目のつけどころとチェックポイント
FDAは、Laboratorios Jaloma S.A. de C.V.(メキシコ・グアダラハラ)の医薬品製造施設を2025年12月15日から19日にかけて査察し、2026年5月22日付でWarning Letterを発出しました。この会社は、米国向けのOTC医薬品を製造していました。原文はFDAのサイト(https://www.fda.gov/inspections-compliance-enforcement-and-criminal-investigations/warning-letters/laboratorios-jaloma-sa-de-cv-725939-05222026)で公開されています。ブラウザ翻訳機能を使用して日本語で読むこともできます。
今回焦点を当てるのは、21 CFR 211.194(a)ー試験記録の完全性確保に関するセクションーに関連した指摘事項です。微生物試験担当者は、ルーチンのサンプル採取を記録していましたが、実際には採取していなかった(the samples were never actually taken)ことを認めました。さらに、手順書で定められた培養時間の前にコロニーの計数判定を行う習慣があったことも明らかになりました。記録上の数値は存在します。しかし、その数値は、手順どおりに実施された試験から得られたものではありませんでした。
日本では、GMP省令第20条第2項の「記録の信頼性」にも通じる問題です。具体的には、PIC/Sのガイドライン(PI 041-1)の内容が参考になります。
このWarning Letterでは、いわゆるデータインテグリティの問題として、試験記録の正確性・完全性を求めています。しかし現場では「記録を残している」「長年続けてきた」という空気感が、記録と事実との乖離を習慣化させ、それを疑わない組織風土を形成してしまったように見えます。FDAが問うのは、書類が整っているかどうかではなく、「その記録は現実を反映しているか」という一点です。データインテグリティとは技術論ではなく、記録という行為の存在意義そのものへの問いかけだと感じます。
ここで、査察官の思考プロセスを推論してみました。
「記録は整っている(結果)」→
「サンプリングの実施記録と培養ログの時系列に齟齬がある(矛盾の発見)」→
「担当者へのインタビューで未採取・短縮培養を発見(事実の確認)」→
「なぜ組織として気づかなかったのか(構造への問いかけ)」→
「QUの監視機能、管理者の監督力、組織文化に問題がある(根本原因)」
FDAが同社の回答を「不十分」と判断した根拠も、この流れの中にあると思われます。この会社は、回答の中で「インキュベーターのログブックに開始・終了時刻の記入欄を追加した」、「再教育を実施した」、「内部監査を強化する」と言っています。こうした対応はいずれも「これからの行動」であり、過去に生成されたデータが信頼できるかという問題には答えていません。FDAが求めたのは、過去の全データに対する遡及的な評価、データインテグリティのシステム的ギャップ分析、そして経営陣がCGMP試験室業務とデータインテグリティに対して、適切な監督を行える体制・能力を有しているかの評価という、より根本的な問題でした。
今回の問題は、一人の担当者の「怠慢」や「不適切行為」で片づけることはできません。本質は、採取していないサンプルを記録できる環境、短縮培養が習慣化しても誰も気づかない仕組み、そしてそれを正す機能が働かない組織、すなわち構造的な問題にあります。「担当者を信頼していた」「ずっとそうしてきた」という言葉の裏に、検証なき運用が見えているとすれば、それはいつでも再発し得る構造を意味します。「運用でカバーする」という発想は、往々にして「カバーしているつもり」になっているだけかもしれません。
私たちの現場には、試験担当者の実施内容を別の目で確認できる仕組みがあるでしょうか。あるいは、「記録に書いてある」ことが「実際にそうした」ことの証明として、疑いなく受け入れられていないでしょうか。データが「現実の写し」であり続ける仕組みは、思いのほか脆いものかもしれません。
「記録がなければ実施していない」ーGMPの基本的考え方です。しかし、その前提として、「記録は現実を写すもの」でなければなりません。経営陣による監督と、QUによる品質監督(Quality Oversight)が重要な所以は、ここにあるのでしょう。
◇◇~~~~~~2026年度公開セミナーのご案内~~~~~~◇◇
◆グローバルGMP講座の案内書

