GMPのトレンドに思うこと

この原稿は、ある雑誌に掲載する予定でした。その後に予定していた計画のタイミングが合わなかったため、没にさせてもらいました。今あらためて執筆履歴を見てみると、構想に2、3日かけて、誕生日に1日がかりでまとめた粗々原稿でした。思い出としてブログに掲載します。

1.はじめに

医薬品製造業を取り巻く環境、とりわけGMPは、医薬品の品質に対する管理概念の変遷と国際的な調和の進展とがあいまって、2000年を境に大きく様変わりした。そして、GMPの世界は小さくなった感がある。GMPの歴史を繙けば、その端は、医薬品の汚染で多くの犠牲を出した米国から発せられた。その後の50年の歴史は、世界のGMPの動向を雄弁に物語っているが、本稿は年表的に概要を述べるにとどめ、2000年以降のGMP遵守の世界に踏み入ることにする。GMP遵守に関する話をするためには、条項、指針、規制措置などの事例を参照しなければならない。しかしながら、これらのなかには当局の意図や理由が公にされていないものもある。そのため、解釈する者の好みや思惑が入りこみ、いきおい「正しい解釈」から外れてしまった「さまざまな解釈」が存在することになる。また、それが「正しい解釈」であっても、それを聞いた人たちが、その解釈の背景や条件を特定せずに、広範囲に適用した場合には、当局の意に反した解釈となってしまう。

GMPの解釈が人によって異なるのは、そうした情況がさせるものである。筆者は、このような事態をできるだけ避けるため、FDAの方針を最終的な論理の拠り所としている。FDAは、情報公開法の下で、ほぼすべてのGMP情報を公開しているため、当局の意図を知ることができるからである。また、後述するように、多くのGMPが国際調和の下で、本質的な考え方が変わらないからである。

この手法をもってしても、他のGMPを語るときは推量に他ならない。すなわち、本稿は筆者の個人的な考えをまとめたもので、当局の意図にそぐわない解釈があるかもしれないことを、あらかじめお断りしておきたい。

2. GMP規則変遷のありさま

1962年に米国でCGMP遵守を求める法の改定がなされた後、1970年代に入って日本では厚生省薬務局長通知GMPが発せられ、米国ではCGMPの大改定による現在の形ができあがった。1980年代には、我が国GMPが厚生省令となり、欧州ではEU GMPガイドが制定された。1990年代は、日米EU医薬品規制調和国際会議(以下ICHという)と医薬品査察協定及び医薬品査察協同スキーム(以下PIC/Sという)が発足し、EU GMPガイド第二版が欧州指令となり、GMP省令が改定されて許可要件GMPとなった。

21世紀に入り、EU GMPは集中的かつ継続的に更新と追加が繰り返され、2005年にPart IとPart IIから構成される現在の形ができあがった後も、今なお頻繁に更新されている。米国では、CGMPイニシアチブを唱えて包括的なプログラムが推進され、21世紀のGMP最終報告が2004年に発行された。

同年、厚労省GQP省令が制定され、GMP省令が大改定されて現在の形ができあがった。しかしながら、2011年のPIC/S 加盟申請を機に、後述する施行通知の改訂が予定されており(2013年4月現在)、医薬品製造業の外的環境は更なる大きな変化が起ころうとしている。

3.最近のGMPのトレンド

これから直面するであろうグローバルレベルのGMP遵守は、どのようなトレンドにあるのか、2000年以降の動きを見て概要を掴んでおきたい。ここでも幕開きは、米国FDAの動きである。FDAは「21世紀のGMPイニシアチブ」の包括的なプログラムの中で、品質マネジメントシステムとリスクベースアプローチに取り組むこととなった。CGMPイニシアチブは、2002年に実質的に開始された。

品質マネジメントシステムのプログラムで、医薬品の品質に対するシステマチックなアプローチが展開され、成果物である”Guidance for Industory Quality Systems Approach to Pharmaceutical Current Good Manufacturing Practice Regulations, 2006”がガイダンスとして刊行された。このガイダンスには、ICH Q10「医薬品品質システム」の基礎をなす共通の考えが多く見られる。さらに、設計に基づく品質(Quality by Design)や品質リスクマネジメントが述べられている。

リスクベースアプローチは、システム査察のパイロットスタディで取り入れた概念である。FDAは、限られた資源で効果的な査察を実施するために、いわゆるリスクランキングの手法を用いて、優先順位にもとづく査察対象企業の選定をしている。その後、FDAと業界は、重要なGMP領域にこのアプローチを取り入れることとなった。結果として、プロセスバリデーションや供給業者監査をはじめ、多くの領域でリスクマネジメントの概念が採用された。またICHでも取り上げられて、三極でリスクベースおよびサイエンスベースアプローチの適用が期待されるに至った。

また、GMPハーモナイゼーションの分析も進められた。これは、EU GMPを中心に、他国のGMP要件とCGMP要件の相違点を明確にして、CGMPの追加変更の必要性を検討するためだった。FDAはEU GMPとPIC/S GMPを比較した結果、両者は基本的な要件では事実上同一であり、EU GMPがより包括的だったことから、EU GMP要件に焦点を合わせて比較分析したと述べている。その結果、GMP間の相違よりも、多くの類似点を見出したと報告している。

その米国において、EU GMPのトレーニングが盛んに行われるようになった。今まで自国のCGMPを遵守することで世界に通用したものが、そうはいかなくなったことを、企業が自覚したからである。それから数年後、FDAはPIC/Sに加盟した。ちなみにいえば、FDAがPIC/Sに加盟した理由は、情報を共有化し、CGMP要件の解釈と適用のハーモナイズが進展することを期待したからである。蛇足だが、これは「CGMPがPIC/S GMPになる」ことを意味していない。

2000年代は、EU GMPが脚光を浴びる時代でもあった。EU GMPは世界のGMPのトレンドを反映して、毎年のように更新を繰り返している。その間、Part III-GMP関連文書を追加し、ICH Q9(品質リスクマネジメント)とQ10(医薬品品質システム)を加えた。チャプターとアネックスでは、Q9とQ10の方針を入れたほか、サプライチェーンの管理、グッドディストリブーションプラクティスへの配慮、電子文書の管理方針なども加えている。

また、交叉汚染防止のガイダンスと毒性学的評価に関する補完も入れ込む予定である。さらに、プロセスバリデーションのアネックスもドラフトが作成されて久しい。EMAは、プロセスバリデーションのガイドラインのコンセプトペーパー"Concept Paper on the Revision of the Guideline on Process Validation, 25 February 2010″の中で、FDAのプロセスバリデーションのドラフトガイダンスを参考文献にあげつつ、ICH Qトリオへの対応と調和を唱えている。

日本ではEC(欧州共同体)との相互承認協定が(2002年)成立し、GMP分野においても日欧の同等性が確認された。まさに、日本のGMPは世界標準レベルのGMPと調和しようとしている。このことが、唯一の共通GMPを創設したり、一国のGMPの遵守だけで世界の国々に通用するとは思えないが、世界の格差は小さくなり、確実に敷居が低くなっている。そのような状況をさらに加速するのが、現在進められているPIC/Sへの加盟の準備である。2011年、日本はついにPIC/S加盟申請を果たした。

4.PIC/S GMPが与えるGMP遵守への影響

厚労省は、平成24年2月1日の事務連絡「PIC/SのGMPガイドラインを活用する際の考え方について」のなかで、日本のPIC/S加盟にあたっては、品質確保の上で、整合化が必要ないくつかの項目が認められているため、施行通知または事例集の改訂等で対応していくと述べている。

これからのGMP遵守の行方は、「整合化されるいくつかの項目」に大きく依存するものと思われる。具体的には、重要事項と目される次の6項目が発表されているが、その対応策、すなわちGMP遵守の方法は、施行通知や事例集が発行されるまで何とも言えない。

①    バリデーション基準の全面改訂(バリデーションマスタープラン、IQ/OQ/PQ、プロセスバリデーション、回顧的バリデーション等)
②    年次レビュー(製品品質の照査)の導入
③    経時安定性(オンゴーイングでの安定性モニタリング)
④    参考品(製品だけでなく原材料も保管)
⑤    原材料メーカー(サプライヤー)の管理
⑥    リスクマネージメントの概念の取り込み

これらは、施行の猶予期間がないとも言われているため、ある程度先行して対応しておく必要があるかもしれない。それには、PIC/S GMPの「正しい解釈」をして、状況に応じた手順を準備しておくことである。状況に応じたとは、リスクマネジメントで問われる「患者のリスク」と「品質のリスク」に加えて、自社の「GMP遵守のリスク」の側面からリスクアセスメントを実施した結果を踏まえることである。「正しい解釈」は、手順の土台となるため、さらに重要である。間断なく更新されているPIC/S GMPの情報を、できる限りの手段で収集かつ解釈し、現場間での共有を果たさなければならない。いわゆる、知識管理のシステムが問われることにもなる。

情報源には、①当局のウェブサイト、②セミナー・研修会、③学会・協会の年会や分科会、④商業誌などがある。当局のウェブサイトは、客観的な情報を収集するのに向いている。インターネットで訪問するため、そのシステムが必要である。また、PIC/S GMPの情報をアップデートする場合には、若干の英語力が必要になるかもしれない。セミナー・研修会は、現在のホットなテーマを掘り下げて理解することができる。タイムリーに時間や経費をねん出する必要がある。学会・協会は、広く浅く最近のトレンドをつかむのに向いている。

時々、主観的な情報が混ざるので、目的に合わせた取捨選択が必要である。商業誌は、著者の思いが込められている分、客観的な情報とはいかないが、経験に基づくハウツウを知るのに都合がよい。コストが安価で、手軽に繰り返し確認できるところが利点である。情報源には、それぞれの長短があるので、うまく使い分けて効率よく情報収集したいものである。

GMPは広くて深い内容を有し、また英語での情報が多いため、ともすれば耳学問で済ませてしまう可能性がある。そのようなことは、できるだけ避けておきたい。良書を手元において、疑問があれば、すぐに開いて調べる習慣を身につけたいものである。
その他にも習慣にしておきたいことがある。米国のGMPの専門家から教えてもらった、解釈のコツである。GMPを解釈する時には、いつも次のように自問自答してみるとよいだろう。

①これは条文で直接要求しているものか?(直接要件)
②条文にはないが、実施することを当局が期待している業界標準か?(業界標準)
③要求されていないが、確実性を得るため自社の好みとして実践しているものか?(nice to have、やっているといいね!)

これは、企業の「GMP遵守のリスク」に応じて、どこまで実践するかを考えるものである。①以外は無用という使い方をしないようにしよう。

5.おわりに

私は長年米国のCGMPを学んできた。そこで、よく質問されることがある。「PIC/S GMPを遵守していればFDAの査察に受かるか」という質問である。頭の中では「ノー」と即答しているのだが、口に出すタイミングで、「何とも言えない」と答えている。もしかしたら、パスするかもしれないのだ。しかし、最低限の要件、すなわち条文に書かれた直接要件だけに取り組んでいたとしたら、PIC/S GMPの遵守は脆いもので、たとえEMA査察の対応であっても答えは「ノー」かもしれない。

個人的には、PIC/S GMP(というよりは先を行くEU GMPであるが)とCGMPの業界標準までカバーすれば、ほぼグローバルGMPを構築できると考えている。PIC/S GMPに関する要件を中心に、ひいてはグローバルGMPへの取り組みの基礎になるような参考書やテキストはできないものだろうか。GMP要件に照らして、業界標準的な手法を具体的に紹介した、中堅企業の現場教育に適した教材となるような、何時でも必要な時に開くことのできる、一人一冊の座右の書となるような本が望ましい。

GMP査察の対応に関するノウハウを詰め込んだ本の後に、そんなコンセプトを実現するような本のシリーズを手に取ってみたい。できれば、違法コピーなどしなくてもよいように、薄くて安価な本がよい。

参考文献:
1) Pharmaceutical cGMPs for the 21st Century – A Risk-Based Approach, Final Report – September 2004
2) EudraLex-Volume 4 Good manufacturing practice Guidelines, Introduction.
3) GUIDE TO GOOD MANUFACTURING PRACTICE FOR MEDICINAL PRODUCTS,pe 009-10(Intro),1January, 2013
4) 厚労省医薬食品局監視指導・麻薬対策課 事務連絡 平成24年2月1日 「PIC/SのGMPガイドラインを活用する際の考え方について」
5) PIC/S加盟の状況と課題・展望について, 櫻井信豪, ISPE 日本支部 年次大会 平成24年4月12日
6) Concept Paper on the Revision of the Guideline on Process Validation, 25 February 2010, EMA/CHMP/CVMP/QWP/809114/2009