「スモークスタディの形骸化」— FDA査察から見た目のつけどころとチェックポイント

今回取り上げるのは、無菌製剤メーカーであるJubilant HollisterStier General Partnership(カナダ)に対して、FDAが2026年5月28日付で発出したWarning Letterです。この会社は米国向けに無菌注射剤を製造しているため、FDA CGMPの適用対象となります。カナダGMPは、誤解を恐れずに言えば、FDA CGMPよりもEU GMPに近い考え方を持つ部分があります。特に無菌製剤に関しては、EU GMP Annex 1の考え方と共通する部分も少なくありません。

当該Warning Letterは、以下のURLから原文を参照できます。ブラウザの翻訳機能を使えば、日本語で読むこともできます。

https://www.fda.gov/inspections-compliance-enforcement-and-criminal-investigations/warning-letters/jubilant-hollisterstier-general-partnership-723537-05282026

このWarning Letterの第1番目の指摘事項は、21 CFR 211.113(b)の領域であり、無菌製造工程における汚染防止手順と、滅菌・無菌プロセスのバリデーションに関するものです。

査察では、スモークスタディ(気流可視化試験)における複数の問題が確認されました。あるラインでは、無菌操作への介入をシミュレートする際に、作業担当者が上半身をコンベア上に乗り出し、ISO 5区域を保護する気流を乱していました。映像記録には、スモークが作業担当者の体を伝い、露出したバイアルの方向へ流れる様子が示されていました。

別のラインでは、バイアルを取り出す操作の評価において、作業担当者が上半身をISO 5区域内に入れ、無菌のツールではなく、グローブを装着した手で直接バイアルを取り出していました。さらに、○〔伏せ字〕を手動で回すために、前腕全体をISO 5区域内に伸ばす操作も確認されていました。

ここまでが、スモークスタディの映像で観察された問題点です。

しかし、問題はそれだけではありません。

あるスモークスタディでは、重要な操作部位におけるスモークの発生量が明らかに不十分であったにもかかわらず、この会社は気流評価を「Excellent」と結論付けていました。このスモーク発生量の不足については、2024年11月のFDAとのミーティングで、すでに指摘されていましたが、改善されていませんでした。

加えて、”aseptic process simulations”、すなわちメディアフィルにおいても、商業生産で実際に観察された最大の介入継続時間が再現されていませんでした。この問題は、2023年2月および2024年6月の査察でも繰り返し指摘されており、是正が不十分なまま継続していたことになります。

日本のGMP省令やPIC/S GMPにおいても、無菌操作区域における適切な気流を確認し、無菌操作の妥当性を示すうえで、スモークスタディは重要な手段です。

ここで自問自答してみるとすれば、次のような問いになると思います。

「現場では、『スモークスタディを実施した』という手続きの完了に重点が置かれていないか」

「スモークスタディは、現場の実際の操作や介入を反映したものになっているか」

すなわち、試験を実行したこと自体が重視され、検証の深さが後回しになっていないか、という問題です。

FDAが見ているのは、単にスモークスタディが実施されているかどうかではありません。ワーストケースを含む実際の操作や介入が適切にシミュレートされているか、重要な操作部位で気流が十分に可視化されているか、そしてその評価に科学的妥当性があるかです。

ここで、査察官の思考プロセスを推論してみます。

スモークスタディのビデオを確認する
→ 作業担当者の動作が気流に影響を与えている
→ しかし企業の評価は「問題なし」または「Excellent」
→ 評価基準そのものが形式的になっているのではないか
→ メディアフィルの条件と商業生産の実際の介入を比較する
→ 最大介入時間が再現されていない
→ 以前の査察でも同じ指摘がある
→ 繰り返し是正されない構造的な問題と判断する

この指摘の本質は、スモークスタディという「手順」の有無ではなく、「その試験で何を確認しようとしているか」という目的意識にあると感じます。

試験を実施すること自体が目的化すると、スモークの量が不十分でも評価できてしまい、気流が乱れていても合格の結論が出てしまうかもしれません。映像にリスクが映っていても、それをリスクとして読み取る目がなければ、スモークスタディは単なる記録映像になってしまいます。

この会社がこの問題を繰り返し指摘されながら十分に是正できなかった背景には、手順書の不備だけではなく、品質システムが「本来問うべき問題」を見失っていた構造があるように思われます。そして、その構造は一度定着すると、次の査察でも同じ指摘が繰り返される、再発性のあるリスクになります。

スモークスタディは、現場で実際に起きる最もリスクの高い操作や介入を反映したものになっているでしょうか。

試験のビデオを改めて見返したとき、そこに何か「見えていなかったもの」が映っているかもしれません。

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