AIの時代のDIの問題ってどうなるのかな

そこまで関わらないか…

今週は某所でデータインテグリティに関する講演をすることになっています。それで、3週間前に作成したスライドの構成を、先程再確認してみました。

GMPのトレーニングではハウツーの情報が好まれるのですが、時間が1時間ぐらいしかないので、どうしてもコンセプチャル情報でまとめることになります。それでは中身の深堀りができないので、基礎を学び終えている方には退屈な話になるかもしれない。そう思ってスライドを作るときに、なんとかしたいなと考えました。そこで、今年は示唆的なスライドを4枚追加して編集しました。

見直してみたら、スライドが2枚浮いているんです。全体のストーリーを分断してるんです。まいったなと思いました。接続語としては、「ところで」ぐらいしか使えないじゃないですか。

それなりに有用なスライドなので、スキップするのもどうかなと思い、なんとかまとめることにしました。不幸中の幸いというか、最後のほうで、データガバナンスを挟んでいるので、「ごめんなさい」して「ところで」と話して締めに入ろうと決めました。

ちょっとリハーサルが憂鬱です。

「ところで」ここでの話は、別のことなんです。

こんなことを思って悩んでいる最中だというのに、僕の脳みそは別のことを考えているんです。

データインテグリティは、昔は紙の時代だった。それが、"Part 11″の話が出てきて、コンピュータの時代になった、そうこうしているうちに、"AI"の時代になるだろう。GMPの意思決定は、今はまだ人間がすることになっている。コンピュータデータはあくまでも人間の意思決定のサポートという位置づけです。

しかし、AIの時代になったら、どうなるんだろう? 意思決定もAIの方が正確で早い。しかも間違いない。しかし…

AIは人間の意思決定に従ってくれるだろうか?隔離保管を解除して自動配送ドローンで出荷しないだろうか。そんな原料が海外から入ってきたらどうしよう。

今はヒューマンエラーと言っている○○な意思を忖度した意思決定は、多分AIも受け継ぐでしょう。記録、SOP、教育訓練の結果、逸脱やOOS,変更、バリデーションデータとその判断などのトレンド、さらに、もしかしたら、会議の議事録や購買記録など、様々なビッグデータを処理して意思決定するかもしれない。それを、紙に書いた規則で阻止できるかな。

データインテグリティの問題って、AIの時代になってもなくならないかもしれないな、なんて思っているんですね、脳みそ君は。僕がスライドの構成で悩んでいるときにですよ。困ったもんだ。