ふと思ったこと ― 「マネジメントレビュー」はどこにあるのかという独り言
FDAは、意外なほど「マネジメントレビュー(Management Review:以下MR)」という言葉を使いません。もちろん、2006年の品質システムアプローチ(Quality Systems Approach)ガイダンスには数回登場しますが、FDAがより頻繁に用いるのは、おそらく「マネジメントオーバーサイト(Management Oversight:以下MO)」という言葉ではないでしょうか。
このことを意識するようになったきっかけは、あるWarning Letterを読んでいたときでした。指摘事項そのものではなく、「この会社は、なぜ同じ問題を繰り返してしまうのだろう」という疑問が頭をよぎったのです。
プロセスバリデーションの不備、洗浄バリデーションの不備、OOS調査の不備。それぞれは独立した技術的な問題に見えます。しかし、それらを一つの会社の中で束ねて眺めると、違う景色が見えてきます。
経営陣は、この状況を本当に把握していたのだろうか。そんな疑問です。つまり、「MRが十分に機能していなかったのではないか」ということです。
FDAのCGMPには、実はその考え方を連想させる条文があります。§211.180(f)です。
ここでは、「品質に関わる調査、回収、FDA査察の指摘、規制措置などについて、責任者がその内容を把握していない場合には、書面で報告する手順を確立しなければならない」と規定されています。
条文はMRという言葉を使っていません。しかし、その役割は明らかにマネジメントへの重要なインプットです。言い換えれば、「悪い知らせを経営陣が確実に知る仕組みを持ちなさい」という要求です。
そういえば、2012年のFDASIA(Food and Drug Administration Safety and Innovation Act)§711では、CGMPの定義そのものに、「リスクマネジメント」と「マネジメントおよび品質オーバーサイト」が盛り込まれました。
これを見たとき、2010年のXavier University Global Outsourcing ConferenceでFDA職員が語っていた"FDA Plans to Add a GMP Requirement for the Responsibility and Accountability of Corporate Executives for GMP Compliance"という言葉を思い出しました。
「ああ、あの話は本当に制度になったんだ。」そんなことを考えました。
さらに読み返したのが、FDAの品質システムアプローチガイダンスです。こちらにはMRという言葉がきちんと登場します。やはりアメリカでも、MRという考え方自体は決して新しいものではありません。
ところが、不思議なことにWarning LetterではMRという言葉はほとんど見かけません。一方で、MHRAのGMP欠陥事例では、MRという表現が比較的よく登場します。
「なぜだろう。」そう思って、少し寄り道をしてみました。
過去3年間のFDA Warning Letterを眺めてみると、MRという言葉はほとんど出てきません。その代わりにMOは、おおよそWarning Letter全体の30〜40%程度に登場します。厳密な統計ではありませんが、近年やや増えている印象も受けました。
ここまでくると、Warning Letterの個々の指摘事項よりも、「MRとMOは何が違うのか」ということの方が気になってしまいました。
もちろん、これは私の一つの解釈です。日欧はMRという「プロセス」に焦点を当てています。一方、米国はMOという「結果」に焦点を当てているように見えます。
前者は「どのような仕組みでマネジメントが品質をレビューするか(How)」を重視し、後者は「経営陣が品質に対する責任を果たした結果として、何が実現されているか(What)」を見ているように感じます。
もちろん、目指すゴールは同じです。品質システムが機能し、必要な改善が行われ、適切な資源が投入され、経営陣が品質に責任を果たしていること。MRという名前かMOという名前かは、それを実現するための流儀の違いなのかもしれません。
ICH Q10でいうMRは、日本でもすっかり定着しました。経営陣が品質システム全体を定期的にレビューし、改善の意思決定や資源配分を行う。この考え方は、今では多くの会社で共有されています。
しかし、こうしてFDAのCGMPを読み返してみると、その本質となる考え方は、現在の Part 211が制定された当初から、すでに条文の中に組み込まれていたことに気づきます。さらに§211.180(e)では、少なくとも年1回、製品品質を評価し、規格や製造・管理手順を見直すことを要求しています。今日でいう製品品質照査の考え方につながる要求であり、この点でも米国はかなり早い時期から同様の考え方を取り入れていました。
そんなことを考えているうちに、ふと以前どこかで交わした会話を思い出しました。
「温度マッピングは実施しました。」
「結果はこちらです。」
「……それで?」
その一言です。
試験を実施したことや、記録を残したこと自体が目的ではありません。その結果をどう評価し、何を判断し、何を計画したのか。そこまでつながって初めて、品質システムは機能していると言えるのではないでしょうか。
条文の要求事項を満たすことはもちろん大切です。しかし、その条文が本来何を実現しようとしているのか。
その目的に目を向けながらGMPを読み直してみると、今までとは少し違った景色が見えてくるのかもしれません。

