「試験していない試験結果」— FDA査察から見た「目のつけどころとチェックポイント」

今回取り上げるのは、FDAが2026年6月12日付でAHC Products, Inc.(米国)に対して発出したWarning Letterです。対象は動物用医薬品ですが、指摘内容は人用医薬品GMPにもそのまま当てはまる重要な教訓を含んでいます。原文はFDAのサイトで公開されています。ブラウザの翻訳機能を使えば日本語で読むことができます。
https://www.fda.gov/inspections-compliance-enforcement-and-criminal-investigations/warning-letters/ahc-products-inc-728604-06122026

今回注目したいのは、21 CFR 211.165(a)「出荷判定試験」に関する指摘です。
FDAは、AniPrin製品のCertificate of Analysis(CoA)には「微生物試験」と「重金属試験」の結果が記載されているにもかかわらず、実際にはそのロットで試験が行われた記録が存在しないことを確認しました。また別製品では、最終製品試験を一切実施せず、色の目視比較だけで出荷していたことも判明しています。

ここで私が興味をもったのは、「試験していない」という事実をFDA査察官がどのように確認したかです。Warning Letterには詳細な査察経過は書かれていません。真実を知っているのは、FDA査察官とこの会社で査察を受けた人たちだけです。しかし、間違いを恐れることなく私が想像してブログに残すのは、Warning Letterは指摘事項を読むだけでなく、「査察官はどのように確認したのか」を考える教材として活用できると思っているからです。このような想像は、査察への対応、とりわけ現場監査でリスクを抽出したり、観察事項の改善の漏れをなくすために有用だと思っています。

 

そこで、おそらく次のような流れだったのではないかと、私は推測しました。

CoAで微生物試験・重金属試験結果を観察した
→ 元データ(試験記録・分析クロマトグラム・試験報告書)の提示を要求した
→ しかし、試験記録が存在しない、又はロットと対応しないことを確認した
→ 試験担当者・QAに「いつ、誰が、どの試験法で実施したのか」を質問した
→ 「原料のCoAを参考にしている」「ランダム確認のみ」と説明があった
→ CoAに対応する試験の記録を確認した
→ 「実際に実施した試験結果の記録はない」ことがわかった

ポイントはオリジナルのデータと照らし合わせる「クロスチェック」のアプローチをしたところにありそうです。このような査察手法は珍しいことではありません。FDA査察官は、「試験結果の記録」を見るだけではなく、「その試験結果を裏付ける証拠が存在するか」を確認するのです。

次に考えることは、「この指摘の重大性レベルはどれほどか」ということです。
FDAは各観察事項に対して重大性の分類をしません。あるのは事業所の格付けだけです。そこで、PIC/S PI 040-1「Recommendation on Classification of GMP Deficiencies」のAppendix 3を借りて、評価することにしました。ここで注意しなければならないのは、必ずしもPIC/S とFDAの考えは一致するとは限らないことです。しかし、大きく見当違いの評価になることはないでしょう。

この事例と全く同じ文章はありません。しかし、その考え方に照らすと、私は少なくともMajor な欠陥、状況によってはCriticalな欠陥に相当すると考えています。

理由は明確です。

− 実施していない試験結果をCoAへ記載している
− 出荷判定が科学的データではなく推測で行われている
− 品質が確認されていない製品が市場へ供給される可能性がある
− CoAの信頼性そのものが失われる

もし微生物汚染や重金属汚染が実際に存在していた場合、検出されることなく市場へ出荷されることになります。これは単なる文書不備ではなく、患者(あるいは動物)の安全に直結する品質保証システムの欠陥です。

この指摘は、FDAが2006~2007年頃から特に重視してきた、供給者管理および原料試験の信頼性確保という流れとも一致しています。

当時FDAは、
− 原料受入試験
− Supplier CoAの妥当性確認
− 原料の同一性確認試験
− 最終製品の出荷可否の判定試験
を重点査察項目とし、「供給者のCoAをそのまま信用してはいけない」という姿勢を示しました。

この会社では、その考え方をさらに逸脱し、最終製品のCoAには実測したかのような試験結果を記載していたことが問題と考えられます。

この会社の回答で、試験を外部委託すること自体は是正措置になりますが、それだけで品質システムの問題が解決するわけではありません。FDAがより問題視しているのは、「試験していないものを試験したかのように見せていた」品質システムにあります。

つまり、
− CoA作成の仕組み
− QAによる出荷判定
− 試験室とQAとのコミュニケーション
− 文書の照査
− そして、おそらくデータインテグリティを支える品質文化
これらが好ましくない方向へ動いた結果、このようなCoAが市場へ出てしまったと考えられます。

そのためFDAは、単なる分析法の導入ではなく、
− 試験室システム全体の第三者評価
− 参考品の再試験
− 市場流通品のリスク評価
− 契約試験機関の適格性評価
− 試験室システム全体の改善
まで要求しています。試験室管理システム全体の再構築を求めていると理解できます

ここで、現場でのチェックポイントを整理してみましょう。

FDA査察では、CoAそのものよりも、その裏付けとなる生データとの整合性が確認されます。
もし査察官から、「このCoAの試験結果を見せてください。」と言われたとき、速やかに
− 試験記録
− 生データ
− 分析機器データ
− 試験者
− 試験日時
まで追跡できるでしょうか。もしできなければ、それは分析の問題ではなく、品質保証システムを見直す時期が来ているのかもしれません。

FDA査察では、記録の有無だけでなく、その記録が実際の業務を正しく反映しているかが確認されます。CoAは品質保証の「結果」ですが、その信頼性を支えているのは、生データから出荷判定まで一貫した品質システムです。この事例は、その基本原則を改めて示したものと言えるでしょう。